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Saturday, February 20, 2021

タロット占いが払拭してくれた、辛い別れを経験した私の「不安感」 - ハーパーズ バザー・オンライン

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tarot

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私が、最初にタロット占いで遊んでみたのは、初めての真剣な交際が終わりに近づいていた時のこと。その時は、基本的な占い方である「スリーカードスプレッド(3枚引き)」で占ってみたのだった。

ソードの3(Three of Swords)

最初にめくったのは"傷心"のカード。まさにその通りだ。

3年ほど付き合っていた当時のボーイフレンドが、突然別れを切り出した。私には、彼がくれそうにない答えが必要だったし、欲しかった。ミレニアル世代のひとりで、信心深い移民の子である私はもちろん、その頃の方が今よりずっと、すべてのことには意味があると信じていた。

そして、自分が真剣に深く求めれば、心で願っていることは与えられると。なんといっても、ボーイフレンドと私は、高価でロマンチックな誕生日ディナーを楽しんだばかりだったからだ。

美しいラブソングが、一時的に気持ちが離れた些細な理由なのかもしれない。宇宙が介在して元通りにできないことはない。そんなことを考えながら、「次のメッセージはもっといいはずだ」と願っていた。

ソードの10(Ten of Swords)

めくった瞬間、私は思わずカードをシャッフルしている友人の方を見た。これはジョークに違いない。

「これ、何本剣が刺さっているの? ちゃんとシャッフルしてる?」

呆然と2枚目のカードを見る私に、彼女は微笑みかけながらさらにシャッフルした。体に10本の刃が突き刺されている。「さあ、最後よ」と、まるで私の心を読むかのように、彼女は反応した。

「最後の1枚を引く覚悟はできてる?」

私は肩をすくめた。嫌な予感がした。突然、全てがこの一枚にかかっているような気がしたのだ。

カップの5(Five of Cups)

少なくとも、剣の数は少なかった。カップの5は、黒いケープをまとった人が中身がこぼれた3つのカップを見下ろしていて、残りの2つはちゃんと立っている。

説明はいらなかった。すべてが語られていたのだ。私は自分の手を見下ろしながら、まばたきして涙を堪えていたのを覚えている。運命だった。私は、とっくに終わったもののために闘っていたのだ。

解釈がどの程度当たっていたのかは大したポイントではない。しかし、私が疑問に思うのは、自分や自分の未来について多くを知りたいと思うのは可能なのだろうか?ということだ。私たちは、水晶やカード、予言者による支配が必要なことを隠しているのだろうか?

タロットは何も新しいものではない。不安も昔から存在する。室内ゲームとして始まったものではあるけれど、前者は5世紀頃からある。

だが、占いの道具になったのは早くても1800代のことだった。タロットという名前はイタリア語のタロッキ(tarocci)から派生したもので、愚かさと同義語のtarochが派生語としてある。これに加え、予言者から私の母の厄介な夢まで、人間が信じてきたアポフェニア(無意味な情報に規則性を見出してしまうこと)を合わせると、私は、自分がほぼ絶えず永遠の不安感のなかにいると思うことがよくある。

私は、自分自身と、自分が突然スピリチュアルなものを探し求めたくなることに正直にならなければならない。私が、新たにニューエイジの実践に興味を持ったことは、どのくらい、自分の人生に何が起こっているのか知りたいと思うことに起因しているのだろう?

2020年は、最近の記憶にあるなかでもっとも激動し、方向性を見失った年だったから、1989年以降に生まれた人なら、誰もが確固たる答え探し求めたのは驚きではない。特に、答えが見つからないところに答えを求めている時は、たとえちっぽけな希望の光でさえ、天からの啓示のように感じる。

最近、私が見てもらったタロット占いの人は、メッセージの一部として、「彼のリングが落ちたときに取ってはいけない」と注意した。「そんなことには気付いてもいなかった」と私が思う前に、彼は続けた。「こういうセッションをしている間、人は深く考えすぎる。私にやり直して欲しいと頼んだ人々がいた。なぜなら、突然雨が降り出したからだ」。

もちろん、天から与えられる"抗精神薬"を求めているのは私だけではない。今や、水星が逆光している間はビジネス上の取引をしないとか、占星術の出世占星図に基づいてスタッフを解雇するCEOたちがいるさえと言われる。

誰もがこうした極端なことをしているわけではないが、私たちも予言を求める気質に正直になる必要がある。私が自己分析するのは、自分という存在にどのくらい不健康な関心事なのだろう? この先どんなことがあるか、私はどのくらい知る必要があるのだろう?ということだ。 

表明することは不可欠だが、意図した効果とは逆のことに用いられてしまうことがある。願望は人をやる気にさせるのに適切な燃料だけれど、私が向かっている先は必ずしも長期的メリットにはならないかもしれない。

ニューエイジの実践からもうひとつ引用すれば、中庸が幸福への鍵ということだ。私は、世の中が動く仕組みを理解することと、その中で自分が花開くことのバランスを取る必要があった。

答えが見つからないところに答えを求めている時は、たとえちっぽけな希望の光でさえ、天からの啓示のように感じる

初めてタロット占いをした後、元カレと私は永遠に別れ、お互いの人生におけるひとつの"エピソード"になった。3枚のカードの一部は起こったと思う。カップの5で、立ったままの2つのカップは、失ったものから常に何かを救いだすことはできるというリマインダーだ。

傷心は苦しいが、より賢くなって反対側に抜け出せる、人生は引き続き予測不可能だが、私は、タロットは自分の直感を信じるための手段だと見ている。自分の心の中にすでにあるメッセージを引っ張り出し、ずっとそこにあった痛みに注意を向けさせる。

グローバルなコロナ禍の最中に仕事を辞め、引越し、慎重に一夫一婦制の世界に足を踏み入れた私は、最近やった占いの終わりに、占い師が最後に言った言葉が心に残った。

「人生はきっちりと計画していない時の方がずっとうまくいく。自分が求めるものが正しければ、そこに行き着くと、ただ信じればいいだけだ」

もっとも優れた自己認識は、恐れや不穏、あるいは自己愛や規律から支配されている時を知ることだと私は思う。タロット占いは辛抱強さが求められる隙間を埋めることはできない。だから、私はそれを訓練することに決めた。

人生に起こることをそのまま受け入れ、それが起こる瞬間を楽しみ、その途中のどこかで、すべてが意図した通りに良い方向に進んだと思えるようになると信じることにしよう、と。


Translation: Mitsuko Kanno From Harper's BAZAAR.com

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